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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(あ)1316号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人小林哲郎の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない(道路交通法三七条一項にいう「当該交差点において直進し……ようとする車両等」とは、右折しようとする車両等が右折開始まで進行して来た道路の進行方向、その反対方向およびこれと交差する道路の左右いずれかの方向へ直進する車両等をいうものと解すべきであるから、本件のトの字型の三叉路交差点を右折しようとする被告人運転の自動車と、それが進行して来た道路と交差する道路を、被告人運転の自動車が右折後に進行すべき方向と同一の方向へ交差点を直進しようとする宍戸智弘運転の自動車との間に、同条項の適用があり、宍戸智弘運転の自動車の進行を妨げた被告人に同条項違反の罪が成立するとした原判断は、正当である。)。

また、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(下村三郎 松本正雄 関根小郷 天野武一)

弁護人の上告趣意

二、「法」三七条は「左側通行の日本において、交差点における右折車は車両の流れを切断するという特殊性にかんがみ三五条一項の規定にかかわらずたとえ先入車でも対向する直進車又は左折車の通過をまつて右折せよという規定で、本件の如く三差路の右折車と直進車の如く、同一方向に流れていく車両相互間を律するものではない」という弁護人の主張は、原審では独自の見解であると一蹴されているが、やはり前記解釈が正当と考えられる。

三五条一項と三七条一項を綜合すると次のようにパラフレイズされる。

(1) 車両等は、交通整理の行われていない交差点に入ろうとする場合、既に他の道路から当該交差点に入つている車両等があるときでも、当該車両が右折車である限り、当該車両の進行を妨げて進行することができる。

(2) 車両等は、交通整理の行われていない交差点に既に入いついても、右折する場合には、当該交差点において直進し、又は、左折しようとする車両等があるときには、それの進行を妨げてはならない。

右いづれの場合においても前記(1)(2)のようにパラフレイズされた条項は、そのまま素直に理解出来る。

然るに、この規定をすべての方向から来る直進車又は、左折車にあてはめてみると、極めて奇怪な結果を生じる。

説例をわかり易くするため、左側一車線の道路とし、直進車を黒右折車を白で表示する。

下図(1)のとおり、右折車が中心線の手前迄進行し、左方から来る車をやりすごすため停止又は徐行している場合には、右方から来る直進車は、法三五条一項三七条一項の規定にかかわらず進行を妨げられる。又、(2)のように右折車が中心線を通過した後には、右折車は当然スピードが出ていない為に前記規定にかかわらず直進車は右折車によつて進行が妨げられる。又、(3)のように既に交差点に入つている右折車の後方から追尾する直進車は、右同様、右折車によつて進行を妨げられるが以上はいづれも当然のことであつて、右折車が処罰せらるべきことではない。

(若し、道路が片側二車線又は、それ以上の広い道路の場合には、第二図(1)の直進車は、既に交差点に進入している右折車の左側、(2)の直進車は、同右折車の左側(3)の直進車も同右折車の左側を通り抜けることはできるが、これは運転常識上当然な、運転者の自治にまかされるべきことであつて、交差点の車両の流れを円滑、かつ合理的にするという「法」の関与するところではない。)

従つて、若し、法三七条を第二図(1)(2)(3)如き場合に適用することとなるとその立法趣旨は、「右折車は先に交差点に進入していても右折に際してスピードが落ちるので、通常のスピードで後に交差点に進入する車両の進行を妨げるから、それの進行を妨げることを許さない」ということに帰着せざるをえないことになるが、後から交差点に進入した直進車の進行を妨げる先入車は「右折車」に限らず、左折に際してスピードが落ちる「左折車」、交差点にはいつてから徐行しはじめた直進車も、すべて同様である。

法三七条が、先入車でも左折又は徐行するに際して直進車の進行を妨げてはならないという規定を設けていないことは、法三七条は、第一図の如き場合のみを規律していることを物語るものである。

ちなみに宮崎清文氏は、法三七条の規定は、実際上は、右折者と対向する直進車との関係においてのみ適用があるであろうと云われているが、論理をつきつめてゆけば、右の如き以外に取締るべき理由が見出せないことは前述のとおりであるから、法三七条はその文面において制限がないものの解釈上弁護人主張のとおり解さなくてはならない。

従つて、本件について原審が法三七条一項を適用したことは法解釈の誤りである。

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